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「セクシャルプレジャー」の話をしよう  #01

なぜ日本ではセックスを楽しめない女性が多いのか?「セクシャルプレジャー」と「性教育」の因果関係

身体的な快にとどまらない、総合的な心地よさ、充足感を表現する「セクシュアルプレジャー」

 

「セックスってあんまり好きじゃないから、しなくていいならしたくない」
「一度も気持ちいいと思ったことがない。あれってAVのなかだけの話ですよね」  これは私がこれまで、女性たちに性生活についてインタビューしてきたなかで、よく聞いてきたセリフです。彼女たちは“セックスを楽しめないカワイソウな女性”……と考えるのは、早計に過ぎるでしょう。
 
「セクシュアルプレジャー」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。
 
シンプルに訳せば「性的快楽」「性の喜び」ですが、それだけではちょっと足りないと感じます。pleasureには満足感、幸福感といった意味もあることから、身体的な快にとどまらない、総合的な心地よさ、充足感を表現する語です。
 
近年ではこのセクシュアルプレジャーを、「セクシュアルヘルス(性の健康)」や「セクシュアルライツ(性の権利)」と並ぶものとして位置づける動きがあります。
 
性の健康についての医療専門家、教育者、活動家などで構成される「世界性の健康学会」は、2019年にメキシコで開催された大会で、〈セクシュアルプレジャー宣言〉を発表しました(以下〈宣言〉)。性の健康・権利・プレジャーは、どれも互いに関係し合っていて、ウェルビーイングに不可欠の要素なのだ、という内容です。

 

セクシュアルプレジャーは相手ありきではなく、何よりも自分自身のもの

 

同学会による「セクシュアルプレジャー」の定義を紹介します。

 

セクシュアルプレジャー(快感・快楽・悦び・楽しさ)とは、他者との又は個人単独のエロティックな経験から生じる身体的および/または心理的な満足感と楽しさのことであり、そうした経験には思考、空想、夢、情動や感情が含まれる。

 

私がこれをはじめて見たとき、「個人単独の」という部分に、いたく感動しました。他者とプレジャーを分かち合う行為は、もちろん尊い。でも、相手ありきじゃないのです。セクシュアルプレジャーは、何よりも自分自身のもの。
 
行為のみならず「思考、空想、夢、情動や感情」も含まれている点にも、惹かれました。頭のなかにあるエロティックなアレコレは、誰からも侵害されてはいけないものだというメッセージを、たいへん画期的だと感じたものです。
 
健康・権利・プレジャーの相関関係は、トライアングルをイメージするといいでしょう。権利が阻まれたセックスでプレジャーは得られないし、プレジャーのないセックスは健康を害する恐れがあるし、性の健康を維持できない状態はすでに権利が守られていない、と言えます。
 
注意したいのは、プレジャーを大事にする=「たくさんセックスしよう」「何度もオーガズムを経験しよう」という意味ではないということです。  オーガズムのある/なしは、そのセックスの価値を決めるものではありません。イクことにこだわりすぎると、かえってセクシュアルプレジャーが遠のくこともあるでしょう。
 
オーガズムがなかったとしても、ひとりで/ふたりで、「今日は、なんかよかったよね」と思えるセックスのほうが、満ち足りた気持ちになるはずです。

 

包括的性教育の国際基準を満たしておらず、禁止事項ばかりの日本の性教育

 

〈宣言〉では、セクシュアルプレジャーに不可欠なものとして、6つのポイントを挙げています。私が簡単にまとめたものを紹介します。

 

1 自己決定(自分の意思で決めること)
2 同意(お互いに納得していること)
3 安全(危険やリスクがないこと)
4 プライバシー(他人に知られず守られること)
5 自信(自分を大切にし、安心できること)
6 話し合う力(相手と意見を伝え合えること)


6ポイントのどれかが成立していないセックスでは、プレジャーは得られにくいということです。挙げられているのは、とても基本的なことばかり。でも、「簡単にできるものではない」と感じる人が多そうです。特に、ここ日本では。
 
なぜ「日本では」かというと、長らく性教育が不十分な状態にあるからです。〈宣言〉には、セクシュアルプレジャーには包括的性教育が必要だと明記されています。6ポイントは、人が生きていくなかで自然と身につくとはかぎらず(環境によっては、そういう人もいないわけではないけど)、教えられて身につくものだということでしょう。
 
包括的性教育ーー最近よく見聞きするようになった単語です。性や生殖だけでなく、人権、ジェンダー、他者との関係性などを含む内容で、科学的根拠に基づき、年齢に応じて段階的に学ぶことを目的としています。日本の性教育は生殖中心で、ジェンダーや人権にほぼ触れず、包括的性教育の国際基準を満たしていないとされています。
 
2023年からは、幼児期~高校生までを対象に「生命(いのち)の安全教育」が教育現場で導入されており、その教材は文部科学省のHPで見ることができます。そこに、上記6ポイントで挙げられている内容も含まれてはいて、特に昨今注目されている「性的同意」については、どの年代向けでも満遍なく触れられています。それは、この安全教育が、子どもを性暴力の被害者、加害者、傍観者にしないために推進されているものだからです。

 

学校 教室 授業
photo:PIXTA


 
残念だと思うのは、セクシュアルプレジャーについてほとんど触れられていないことです。これをしては相手を傷つける、あれをしては暴力になるという禁止事項ばかりでは、子どもたちが誰かと親密でセクシュアルな関係を築くことにためらいを感じるようになっても、おかしくはありません。
 
一方、包括的性教育では、人と親密な関係を築くこと、その関係のなかでプレジャーを得ることの大切さを、5歳から学びます。自己と他者を尊重しながら親密さとプレジャーを共有することは、健全で満足度の高い人間関係につながるという考えからです。
 
日本ではいまだに、セックスにまつわるものを「いやらしい」「いかがわしい」とみなしていると感じる場面が多々あります。中学校の保健体育で受精、妊娠については教えるけど、「妊娠の経過は取り扱わないものとする」ーーつまりセックスについては教えないとする“はどめ規定”については、ご存知の方も多いと思います。
 
多くの人がセックスについて「表立って語ってはいけない」「隠しておいたほうがいい」という感覚をなんとなく共有していることと、このはどめ規定とは、決して無関係ではないでしょう。セックスについての知識を持ちにくい、相談しにくい空気も醸成されています。

 

「する・しない」「どこまでする・しない」、いつだって自分で決めていいし、他者から尊重されなければならない

 

ここであらためて、先述した6ポイントをよ~く見直しつつ、すべてクリアしたうえでのセックスはどういうものかを考えましょう。
 
自分を大切にでき、性的な行為をするもしないも自分で決めることのできる人同士が、話し合い、同意を確認して、プライバシーが守られた空間で、お互いの安全に配慮しながら、セックスをするーー。
 
めちゃくちゃ誠実な気持ちと態度なくしては、かなわないことだと思いませんか。この真摯な関係性と行為を「いやらしい」「いかがわしい」というイメージでくくる社会は、なんて貧しいんだと嘆かずにはいられません。
 
セックスを「好きではない」「したくないならしなくていい」と言う人たちは、6ポイントのどれか、あるいはいくつもを損なわれてきたのでしょう。相手がいるセックスの場合、自分ひとりが努力しても、かなわないことがあるのは当然のことです。
 
彼女たちがこぼした悩みは、セックスについてのようでいて、パートナーとこうした関係性を築けなかったことや、パートナーがこちらの努力に応えてくれなかったことについてである場合がほとんどです。さらに話を聞いていくと、そこには必ずといっていいほど、家庭内の理不尽な性別役割分業や、パートナーからのモラハラが出てきて、ヘルスもライツも大きく損なわれた関係性がつづいていることがわかります。

 

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photo:PIXTA


 
このコラムではこれから、セクシュアルプレジャーについて考え、取材し、お伝えしていきます。セルフプレジャーや、プレジャーグッズ、セックスレス、セックスにおけるコミュニケーション……。けれどその前に、プレジャーを語るときには、「全員が全員セックスしなければならない、楽しまなければならないということは絶対にない」という前提があることを共有しておきたいです。
 
誰もが選択肢をもっていて、そこには「セックスをしない」という選択肢もあります。そもそも人と性的に触れ合いたい欲求がまったくない人もいますし、好きな相手と性的関係を楽しんでいる人でも「いまはしたくない」「触れてほしくない」というときは必ずあるものです。
 
「する・しない」「どこまでする・しない」ーー何が性的に心地よい状態なのか、性とどんな距離感でいたいのかは、いつだって自分で決めていいし、他者から尊重されなければならない。そこをしっかり踏まえたうえで、セクシュアルプレジャーの話をしましょう。

 

 

三浦 ゆえ

編集者&ライター。出版社勤務を経て、独立。女性の性と生をテーマに取材、執筆を行うほか、『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』(宋美玄著、ブックマン社)シリーズをはじめ、『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る小児性被害』(今西洋介著、集英社インターナショナル)、『性暴力の加害者となった君よ、すぐに許されると思うことなかれ』(斉藤章佳・にのみやさをり著、ブックマン社)、『50歳からの性教育』(村瀬幸浩ら著、河出書房新社)などの編集協力を担当する。著書に『となりのセックス』(主婦の友社)、『セックスペディアー平成女子性欲事典ー』(文藝春秋)がある。

 

宋美玄 産婦人科医 crumii編集長

この記事の監修医師

院長

宋美玄先生

産婦人科

丸の内の森レディースクリニック院長、ウィメンズヘルスリテラシー協会代表理事産婦人科専門医。臨床の現場に身を置きながら情報番組でコメンテーターをつとめるなど数々のメディアにも出演し、セックスや月経など女性のヘルスケアに関する情報発信を行う。著書に『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』など多数。

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