
crumii編集長・宋美玄の炎上ウォッチ #03
「母乳育児」についてのSNS投稿が炎上。母親たちが自分の意思で赤ちゃんの栄養法を選ぶため、必要なこととは?
母乳育児に万人にフィットするコンセンサスのようなものは、現時点ではおそらく存在しない
今回取り上げるのは、母乳育児についてある医師がSNSに投稿した内容から発生した議論についてです。
投稿の内容は、出産後に母乳育児を試みることなく母乳分泌が止まる薬を飲む人が増えていて、なんとなく違和感を感じるというものでした。これに対し、医療従事者と思われるアカウントからの共感の声もあれば、「元気に育つのなら誰が何を選んでも良くない?」「考えた上での結果なら他の人が口を出すことじゃない」という母乳育児に対して他人が価値判断をすることへの反発の声も見られました。
母乳育児や赤ちゃんの栄養法については、当事者でないと想像しにくい、繊細で個別性の高いテーマです。「こうすれば誰も傷つかない」「こう考えれば誰も違和感を覚えない」といった、万人にフィットするコンセンサスのようなものは、現時点ではおそらく存在しないでしょう。それでもあえて、最大公約数的な考えを推し量るなら、「楽にできるのならば母乳で育てたい。けれど、身も心もボロボロになるまで無理はしたくない」という考えの人が多いのではないかと思うのですがどうでしょうか。
13年前、スパルタ母乳育児指導について愚痴混じりに書いたら批判的なコメントが多数ついた
ですが、私が初めて子供を産んだ13年前に比べると、「身を削ってでも母乳で育てるべき」という風潮は随分後退したように感じます。
私事になるのですが、第一子の妊娠中に妊娠糖尿病という合併症を発症し、インスリンを自己注射して血糖管理する必要があったため途中から大きな周産期医療センターへ転院となりました。そこで非常に手厚い周産期管理を受け、母子共に無事に出産を終えることができたのです。その施設の方針で母乳育児はかなりスパルタ寄りで、何日も全く母乳が出なくても赤ちゃんにミルクを飲ませず、赤ちゃんは泣き続け、私は何時間もおっぱいをくわえさせ続け、身も心も文字通りボロボロになりました。結局、出生体重から11%減った時点でミルクを足しましたが、産後1ヶ月くらいで母乳分泌が安定してきました。その後、時々混合にしながらも母乳メインで育児をすることになったので、結果的には努力がそれなりに報われた形にはなりました。
その頃に連載していたコラムで、そのことを愚痴混じりに書いたところ、おそらく母乳を推進している医療関係者と思われる人たちから「そんな熱心に母乳育児を指導してくれる病院を悪く言うな」「そもそも母乳育児の方針を調べてから産む施設を選べ」と批判的なコメントがたくさんついて、産後の不安定なメンタルに追い討ちをかけられたのです。
当時は今よりも「母乳こそがベストオブベストである」というプレッシャーが強かったのです。インターネットで母乳のことを調べても、ヒットするのは母乳に詳しいという自称医療資格者の匿名のブログなどで、客観的でニュートラルな情報はなかなか得られませんでした。一応、科学的と思われる情報が書いてあるサイトでも、伝え手の思想(多くは母乳推しで、ミルク推しのものは少なかったです)が透けて見える書きぶりで、授乳しながらネットで検索しても、「頑張って授乳しないと赤ちゃんに不利益になる」と追い詰められるばかりでした。(そこで小児科医の森戸やすみ先生と『産婦人科医ママと小児科医ママのらくちん授乳BOOK 』という本を出版しました)
近年はD-MER(不快性射乳反射)が知られ「母乳育児の押し付けは老害」という感覚が拡大
近年は育児全般に関しての根性論への反発の声も強まり、D-MER(不快性射乳反射)という、母乳をあげる際に不安や悲しみなどのネガティブな感情が湧くという現象の存在も知られたことから、「母乳育児の押し付けは老害」という感覚が広まってきているように感じます。これもバックラッシュのようなものだとは思いますが、母乳育児を推進している人たちにとっては、とてもやりにくい時代なのではないでしょうか。

母乳とミルクは完全に同等な栄養法ではありません。母乳のメリットは、赤ちゃんの免疫をサポートする抗体(特にIgA)などの成分が(特に初乳に)含まれていることや、SIDS(乳幼児突然死症候群)」を減らす可能性があること、母体の体重が元に戻りやすいこと、外出時の荷物が少ないことなどが挙げられます。一方、ミルクのメリットは、母親以外の家族が積極的に育児に参画できたり、母親が体を休めやすいこと、乳腺炎やD-MER(不快性射乳反射)の心配がないなどがあります。
母親たちが赤ちゃんの栄養法を選ぶには、出産後に母乳が出るメカニズムについて知る必要も
今、育児を始めたばかりの母親たちが、自分の意思で赤ちゃんの栄養法を選ぶには、情報とサポートの両方の充実が必要だと思います。 そのためには、母乳とミルクのメリットデメリットだけでなく、出産後に母乳が出るメカニズムについて知る必要があります。
出産後にゆっくり寝て、それで母乳が十分に出たらどれほど楽でしょう。
しかし実際は、妊娠末期に大量に分泌されるようになっていたプロラクチン(母乳を作らせるホルモン)は、出産で胎盤が剥がれると激減してしまい、出産直後の一番しんどいタイミングで頻繁に乳頭を刺激しなくては十分に分泌されないのです。(もちろん個人差があります)
出産直後で休みたい時に、産院で何度も授乳するよう言われるのは、そのようなメカニズムが背景にあります。でも、知らないまま努力させられると、無駄に厳しくされていると感じてしまいがちです。(私自身、メカニズムを知っていても辛く感じたくらいです)
母乳でも、ミルクでも、混合でも、すべての母親が必要なサポートを受けられる社会であってほしい
出産を控えた人とその家族には母乳分泌の仕組みをあらかじめ知る機会を作り、どの程度母乳育児にこだわるかは母親の希望に沿うべきだと思います。母乳育児を希望する場合、なるべく楽に授乳姿勢を取れるようサポートするなど、入院中に母親の負担がなるべく少なくなるよう手厚くケアをしてほしいです。特に高齢出産や帝王切開は母乳が不足するリスク要因なので、産後になるべく負担なく何度も授乳ができるよう一層のサポートが必要です。もちろん、全国的に人手が足りていないことは承知していますが、母乳育児を推進するならば必要なのは、苦言ではなくそういうことだと思うのです。
母乳でも、ミルクでも、混合でも、すべての母親が、自分の身体と心の声を尊重しながら、選択し、必要なサポートを受けられる社会であってほしいと改めて考えさせられました。
crumii編集長・宋美玄の炎上ウォッチング バックナンバー
#02「小陰唇手術に関する医師の投稿が炎上。ルッキズムやコンプレックス商法の『安易な美の押し付け』への社会的反発が高まっている」