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産婦人科医やっきーのトンデモ医療観察記 ⑨

反ワクチンビジネスの歴史を語る(産婦人科医やっきー先生と知る反ワクチンビジネス 第一回)

西洋の薬屋と薬棚のイラスト

最近、とある絵本作家が、反ワクチン思想を前面に押し出した絵本を描いたことで批判を生んでいます。
その具体的な内容は山田ノジルさんが近々レビューするとのことなので、今回は割愛するとして……。

私が取り上げたいのはもう少し包括的な内容です。
題して「やっきー反ワクチン三部作」です。

今回の記事は宋先生との入念な話し合いの末にテーマを決定しましたが、いざ書き始めてみると想像以上に筆が乗りすぎてしまったので、全3回に分けてお送りすることとしました。
まずは「反ワクチンビジネスの歴史」からいってみましょう。

(本記事は3回連載の1回目です)

ワクチンの原点「天然痘ワクチン」

反ワクチンの歴史を語る上で、ワクチン発明の原点となった疾患「天然痘(てんねんとう)」の存在は外せません。

かつて「天然痘」という感染症が存在しました。20世紀だけで3億人の命を奪ったと推計される、きわめて重篤な感染症です。(参考)

しかし現在、天然痘という病気は自然界に存在しません。ワクチンの普及により、WHOによって1980年に根絶宣言が出されたのです。
以降、現在に至るまで、およそ半世紀にわたって天然痘の自然発生例は確認されていません。

天然痘にかかって体にぶつぶつができた人のイラスト
Photo:PIXTA

そんな天然痘のワクチンを発見したのが、イギリスの医学者であるエドワード・ジェンナーでした。

ジェンナーは、「牛痘(ぎゅうとう)」という病気に感染したことのある乳搾り娘は天然痘にかからない、という事実に目をつけました。「牛痘」はヒトと牛に感染する病原体で、天然痘に似た症状が出るものの、天然痘に比べると非常に軽い症状で済んだのです。

そこでジェンナーは、牛痘にかかった乳搾り娘の膿疱の内容液を採取し、彼が雇っている庭師の息子・ジェームズ君に接種することで意図的に牛痘に感染させるという実験を試みました。これによってジェームズ君は軽い発熱や倦怠(けんたい)感などの症状を起こしましたが、重篤な症状にはならずに済みました。

今の価値観からしてもガッツリ人体実験ではありますが、ジェンナーの研究は終わりません。この接種から6週間後、本物の天然痘の膿をジェームズ君に接種して本当にかからないのか観察するという実験も試しました。しかも何度も繰り返しながら。
結果、ジェームズ君は一度も天然痘にかからずに済んだので、牛痘接種の有効性を示すことができたのでした。

めでたしめでたし……。
と言いたいところですが、今の世の中で同じことをやったら、「細胞実験や動物実験を経ずにいきなり人間で試す」「同意能力の低い子どもを最初の被験者にする」「死亡率の高い天然痘でテストをする」などなど、どの角度から見ても研究者生命が終わりかねない実験手法です。ヘルシンキ宣言(医学研究倫理)が採択されるより約170年前にあたる1796年に行われた実験なので、ジェンナーを責めるのも酷というものでしょうけれども。

ちなみにジェンナーの師匠にあたる「実験医学の父」ことジョン・ハンターは、淋病と梅毒に関する正確なデータを取るために自分のちんちんに淋病を感染させたという逸話があります。この師匠にしてこの弟子あり。
(この逸話には懐疑的な声もありますが、実際こういうことをやりかねないのがジョン・ハンターという男です)

ともかく、そんなジェンナーとジェームズ君によって天然痘ワクチンの有効性が証明され、天然痘の根絶に向かうこととなったのでした……。

天然痘ワクチンの風評被害

黒い雲に囲まれた建物
Photo:PIXTA

かと思いきや、天然痘ワクチンの普及には凄まじい反発がありました。

ジェンナーは1798年、ジェームズ君を含めた23例の天然痘ワクチン接種例を収集し、その有効性を証明した文献『An Inquiry into the Causes and Effects of the Variolae Vaccinae』を出版しました。

恐ろしい感染症・天然痘を、安全かつ未然に防げるという手法は瞬く間に多くの関心を得ましたが、この天然痘ワクチンに懐疑的な声も少なくありませんでした。
特に、19世紀のイギリスは宗教色がかなり強い社会でもあったため、「人間は神に似せて作られた存在なので、劣った動物由来の物質を人体に注入するワクチン接種は神への冒涜である」と非難する声もあったといいます。

そんな反ワクチン活動の旗手のひとりが、王立内科医協会会員のウィリアム・ローリーでした。
ローリーは1805年、「牛の物質を人体に注射すると、頭から角が生え、足には蹄(ひづめ)ができて牛のようになる」という扇動的なイラストを添えたパンフレットを作りました。
もちろん、そんな症例は一例たりとも報告されていませんし、この理屈でいくなら人間の血液か何かを牛に注射したら人間にならなきゃおかしいのですが、そんなことはありませんでした。

ただ、残念ながらこの手の人間は今も昔も、科学的根拠はないけど心理的忌避感を惹起する絵を作るのだけはやけに上手いので、当時の識字率の低さも相まって反ワクチンの勢力を増やすことに成功してしまいます。

また当時、反ワクチン活動に勤しんでいた人間として、医師のベンジャミン・モーズリーが挙げられます。モーズリーは「ワクチンを接種した女性は雄牛と性交し、半人半獣の赤ちゃんを産みたくなるだろう」とメチャクチャな主張をしました。

当時、特に目立った反ワクチン活動家がローリーとモーズリーの2人で、彼らは公的な場で何度もワクチンの危険性を訴え続けていたのです。

当時から存在した「反ワクチン」ビジネス

悪い情報を広める悪人のイラスト
Photo:PIXTA

では、この2人の医師が本当に心の底から牛痘の有害性を深刻に捉えていたのか?というと、疑問が残ります。
というのも、この2人は当時、牛痘よりも古い予防法「人痘」を積極的に行っていた人物でもあったのです。

人痘(じんとう)は、天然痘の患者から膿を採取して意図的に感染させるという手法です。ジェンナーの牛痘をヒトの天然痘に置き換えたような存在、と考えれば分かりやすいでしょう。

人痘と牛痘の手順の比較をしたイラスト
(本文をもとにChatGPTで画像生成)

人痘は牛痘の発明以前から存在した手法であり、これはこれで天然痘に自然感染するよりは比較的安全に免疫を得ることができたのですが、それなりに危険を伴う手法には違いありませんでした。
具体的には、自然感染した天然痘の死亡率が当時の水準で1/7~1/8程度、人痘による死亡率は1/50程度だったとされています。(参考)

これに対し、ジェンナーの天然痘ワクチン(牛痘)は死亡率がほとんど0%に近いものだったため、もっぱら人痘でメシを食っていた当時の医師からすると生活の危機に直結するものでした。それでも大多数のマトモな医師たちは「より安全性の高いほうを採用しよう」と切り替えて牛痘への移行を進めたわけですが、中には人痘にしがみついた医師もいました。その最たる人物がローリーとモーズリーだった、というわけです。(参考)

実際、こういう「新しい技術が既存の職業を破壊した例」は枚挙に暇がありません。
1830年にミシンを発明したバルテルミー・ティモニエに対し、仕事を奪われることを恐れた仕立屋たち200人が集まってミシン工場を襲撃したというエピソードは有名です。

ただ、ミシンは「安価で服が流通する」という、誰にでも分かる形で成果が表れたのですぐに一般市民に受け入れられましたが、
ワクチンは「将来病気にかからなくなる(あるいは重症化しにくくなる)」という性質のものである以上、「効果が分かりやすい形で表れにくい」という欠点を内包しているのです。

そのため、自然派志向や宗教観、医療不信や政治不信など様々な思考を持った人にとって「反ワクチン」は共通の旗印になります。だからこそ、現在に至るまで「反ワクチン」は一定の勢力を築き続けている、というわけです。

そこに目をつけて、何らかの形で利益を得ようとするのが「反ワクチンビジネス」と呼ばれるものです。

反ワクチンは単なる主義主張にとどまりません。
古くはローリーやモーズリーに至るまで、それを悪用してビジネスに転用せんとする不届き者は歴史上数多くいたのです。

というわけで、長くなりましたので今回はここまで。
次回は「反ワクチンビジネスはどうやって儲けているのか?」をお話ししていきます。

本記事は3回の連載の1回目です。
1.反ワクチンビジネスの歴史を語る(この記事)
2.反ワクチンビジネスで金儲けをする方法
3.今も昔も、反ワクチンの言説ってだいたい同じ

産婦人科医やっきー

この記事の執筆医師

産婦人科医やっきー先生

産婦人科

日本産科婦人科学会専門医。専門は女性ヘルスケア、産婦人科一般。臨床の傍ら、漫画の描写を通じて産婦人科の知識をわかりやすく発信するスタイルでブログやニュースレターなどの情報発信を行う。SNSにおいても産婦人科医療に関するフォロワーの質問への回答や医学解説を積極的に投稿。代表サイトは、妊婦健診の暇つぶしブログ『産婦人科医が漫画を読む』、雑記帳『医学の話を全くしないnote』、ニュースレター『産婦人科医やっきーの全力解説』など。2025年8月には初の単著を発売予定。

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